PRODUCTマスミの商品案内
代表取締役
マスミは創業以来110年、お客様の信頼を得る物づくりを社員一丸となって目指してきました。信頼とは商品の品質・納期の厳守・適正な価格から生まれるものです。アルミケースの製造を始めてから70年余り試行錯誤を繰り返し、お客様からのご意見・ご指南頂いたことを誠実に受け止め、技術と経験を蓄積してきました。
購入したての商品は粗悪品を除けば、どの会社(海外も含む)の商品も見ただけでは品質の違いや良し悪しは分からないものです。外観や体感では、マスミの商品より軽いもの・デザイン的に優れているもの・安いものもたくさん見受けられます。
その中でマスミはケースに求められる本質的なニーズ、お客様の大切な物をどれだけ『安全に』『長期にわたって』お守りできるか、必要とされる納期にどれだけ『迅速に応えられる』かが、品質と価格だと考えております。
是非一度、マスミのアルミケースを試していただければ幸いです。
1881明治14年
明治という大きな時代変化の渦中、人々の運搬・移動に「丈夫な鞄」が求められる時代となった。それまで主流だった柳行李が兵庫県豊岡で『行李鞄』へと商品化される。その後、行李鞄は「新型鞄」へと発展していき、創作に尽力した一人が植村賢輔である。
初代 植村賢輔
1916大正5年
植村賢輔(初代)が豊岡で初の【箱型鞄】の製造を始めた。これがマスミ鞄囊の始まりである。
時代とともに新素材が開発され、同時に【箱型鞄】に求められる耐久性と利便性の要望が高まる。昭和に入ってからも20年代までは鞄の多くにブリキ枠が使われ大変重たく手軽に使えなかった。この頃から、ブリキの変わりの素材としてベニヤ板が使われだしたが大変折れやすい素材だった。マスミ鞄囊の職人たちはベニヤ板を折らずに曲げる技術に取組み、自社に『木工部』まで設けて開発に取組んだ。
昭和30年から本格的に アルミケースと木工を組み合わせた生産体制に乗り出す。
1936年 ファイバー加工風景
1957昭和32年
植村美千男(2代目)が、V字カットによるベニヤの直曲げを開発。
飛躍的に【箱型鞄】の生産量を伸ばし、全国からの特注・別注の生産体制に入っていく。
1964昭和39年
東京オリンピックが開催される。
オリンピックのシンボルとも云える聖火を運ぶケースの製作をマスミ鞄囊に託され、アルミケースを納める。
高度成長する日本の流れと共に、海外渡航用鞄と精密機器の保護収納のニーズが高まる。アルミケース・特注鞄の依頼が増える。
1964年 東京オリンピック聖火ケースも手掛ける。海外渡航用鞄のラインテックスも生産。
1967昭和42年
マスミ鞄囊株式会社を設立
1984年〜1986年豊岡鞄フレッシュフェスタに出展。軽トラックが入るほどの大きさのアルミケースを従業員で運ぶ。
1994平成6年
兵庫県豊岡市にて豊岡・世界かばん博’94開催
2006平成18年
地域ブランド「豊岡鞄®」認定企業となる
2018
工場併設店舗(ファクトリーショップ)新規オープン
2018年 工場併設店舗(ファクトリーショップ)の外観
2022令和4年
兵庫産業SDGs推進宣言企業登録
2022年 兵庫産業SDGs推進宣言企業登録
2024令和6年
オリジナルブランド(MASMI ESSENTIAL)新規立ち上げ
2024年 オリジナルブランド (MASMI ESSENTIAL)